株価が下落し始めると、多くの投資家が同じ悩みを抱えます。「今は投資を控えたほうがいいのだろうか?」「もっと下がってから買ったほうが得なのでは?」「今持っている投資信託を一旦売って、底値で買い直したほうがいいのでは?」
このような疑問は、特に投資を始めたばかりの方にとって切実なものです。毎月コツコツと積み立てていたのに、目の前で資産価値が減っていくのを見るのは心理的にとても辛いものです。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみましょう。市場のタイミングを完璧に読むことは本当に可能なのでしょうか?そして、それは長期的な資産形成において、どれほどの価値があるのでしょうか?
この記事では、チャールズ・シュワブ・ファイナンシャル・リサーチセンターが行った興味深い調査結果をもとに、市場タイミングの効果について検証します。そして、あなたの資産を着実に増やすための、科学的根拠に基づいた投資アプローチをご紹介します。
はじめに結論:市場タイミングを追求するより、継続的な投資が成功への近道
結論から先に申し上げましょう。チャールズ・シュワブの研究によると、市場のタイミングを完璧に読むことよりも、計画的・継続的に投資を続けることのほうが、長期的な資産形成には有効であることが証明されています。
驚くべきことに、この調査では「完璧なタイミングで市場に投資できた人」と「特にタイミングを考えず、毎年始めに定期的に投資した人」の20年後の資産差はわずか8%程度でした。つまり、あなたが市場の底値を見極めるために費やす時間と労力、そして精神的ストレスは、その成果に見合わないものなのです。
それにもかかわらず、なぜ多くの投資家は市場タイミングに執着するのでしょうか?
その理由は主に以下の3つに集約されます:
- 損失回避バイアス: 人間は同じ額の利益を得ることよりも、損失を避けることに強く動機づけられます。株価が下がっている時に投資すると、一時的に損失を見ることになるかもしれないという恐怖が、投資を先延ばしにする原因となります。
- コントロール幻想: 私たちは自分でコントロールできない状況でも、コントロールしていると錯覚する傾向があります。市場の動きは予測不可能なものですが、多くの投資家は自分なら市場を読めると考えてしまいます。
- 後知恵バイアス: 過去の出来事を振り返った時、「あの時こうすれば良かった」と考えるのは簡単です。これが「次は上手くやれる」という過信につながります。
これらの心理的バイアスは、私たち全員が持っている自然な反応です。しかし、成功する投資家になるためには、これらのバイアスを認識し、克服する必要があります。
では次に、なぜ市場タイミングが効果的でないのか、その具体的な根拠を見ていきましょう。
理由:市場タイミングが効果的でない3つの根拠
市場タイミングが長期的な投資成功にあまり寄与しない理由には、確固たる証拠があります。シュワブの研究結果を基に、3つの重要な根拠を詳しく見ていきましょう。
完璧なタイミングと単純投資の結果比較
シュワブの研究では、毎年2,000ドルを投資する5つの異なる投資戦略を比較しました。その中で最も興味深いのは、「完璧なタイミング」(毎年市場の最安値で投資する人)と「単純な定期投資」(毎年最初の取引日に単純に投資する人)の比較です。
20年間の投資期間の終わりに、「完璧なタイミング」の投資家は138,044ドルを、「単純な定期投資」の投資家は127,506ドルを獲得しました。その差額はわずか10,537ドル、年間に換算するとたった約500ドルです。言い換えれば、完璧なタイミングで投資できたとしても、単純な定期投資と比較して、年間わずか8.3%の追加リターンしか得られないということです。
これは驚くべき発見です。なぜなら、市場の絶対的な底値に投資するという非現実的なスキルを持っていたとしても、その恩恵は比較的小さいからです。現実世界では、誰も一貫して市場の底値を予測することはできません。つまり、タイミングを計ろうとすることで費やす時間と労力、そして精神的ストレスは、その潜在的な見返りを大きく上回るのです。
H3: 投資しないことのリスク
さらに衝撃的なのは、「投資せず現金保有」(投資を先延ばしし続け、現金のままにしておく人)の結果です。この投資家は20年間で43,948ドルしか獲得できませんでした。これは、完璧なタイミングで投資した人の3分の1以下であり、単純に定期投資した人と比較してもわずか34.5%にすぎません。
この結果は、「投資のタイミングを待つこと」のリスクを明確に示しています。市場が下落している時、多くの投資家は「もっと下がるのを待ってから買おう」と考えます。しかし、そのタイミングが来たと感じても、今度は「もう少し待てば、もっと下がるかもしれない」と考えてしまうのです。
このような心理的な罠により、投資機会を永遠に逃し続ける投資家も少なくありません。その結果、複利の力を活用する貴重な時間を失ってしまいます。**投資において最も重要な要素の一つは「市場に参加している時間」**なのです。
悪いタイミングでも投資する価値
調査の中で、「最悪のタイミング」(毎年市場の最高値で投資する人)の結果も注目に値します。この投資家は毎年市場の最高値で投資するという最悪のシナリオにもかかわらず、20年間で112,292ドルを獲得しました。これは、キャッシュで待ち続けた「投資せず現金保有」の投資家の2.5倍以上です。
つまり、例え最悪のタイミングで投資したとしても、全く投資しないよりもはるかに良い結果となるのです。これは非常に重要な教訓です。市場タイミングを完璧に読むことは不可能ですが、最悪のタイミングで投資することさえ、長期的には投資しないよりも大幅に優れているからです。
このデータが示す通り、市場タイミングの追求よりも重要なのは、単純に市場に参加し続けることなのです。次章では、これらの投資スタイルについてさらに詳しく見ていきましょう。
具体例:5つの投資スタイルの長期成績
シュワブの調査では、5つの投資戦略を詳細に分析し、それぞれの長期的なパフォーマンスを比較しています。この章では、これらの投資スタイルとその成績について、より詳しく見ていきましょう。
シュワブの研究で検証された5つの投資家モデル
1. 完璧なタイミング この投資家は毎年2,000ドルを市場の最安値で投資するという、ほぼ不可能な能力を持っています。たとえば、2003年には3月11日(その年の最安値)に投資し、2004年には8月12日(その年の最安値)に投資しました。このパターンを20年間続けた結果、最終的に138,044ドルを獲得しました。
2. 単純な定期投資 この投資家は特別なスキルや予測能力に頼らず、単純に毎年最初の取引日に2,000ドルを投資します。このシンプルな戦略で、20年後に127,506ドルを獲得しました。タイミングの完璧な投資家と比べて、わずか8%少ないだけです。
3. ドルコスト平均法 この投資家は年間の2,000ドルを12ヶ月に分割し、毎月約167ドルずつ投資しました。この戦略は多くの投資信託の自動積立に似ています。20年後の結果は124,248ドルとなり、単純な定期投資よりもわずかに少ないものの、「完璧なタイミング」の投資家と比較しても大きな差はありませんでした。
4. 最悪のタイミング この投資家は毎年、最も運が悪い、あるいは最も判断力に欠ける投資をしました。毎年市場が最も高い日に2,000ドルを投資したのです。例えば、2003年は12月31日(その年の最高値)に投資しました。しかし驚くべきことに、この最悪の投資戦略でも20年後には112,292ドルを獲得しています。
5. 投資せず現金保有 この投資家は常に「より良い投資機会が来る」と考え、株式市場への投資を先延ばしにし続けました。代わりに毎年の2,000ドルを安全な財務省短期証券(T-bills)に投資しました。20年後の結果は43,948ドルと、他の4つの戦略と比較して大幅に低いリターンとなりました。
これらの結果から、市場タイミングの重要性よりも、単純に投資を開始し、継続することの重要性が明らかになります。
78の異なる20年間の検証結果
シュワブの研究はさらに包括的なものです。1926年から2022年までの間で、可能な限りすべての20年間の期間(合計78の異なる20年間)について同様の分析を行いました。例えば、1926年〜1945年、1927年〜1946年、以降同様に分析を進めています。
この広範な分析の結果、驚くべきことに78の期間のうち68の期間(約87%)で、先に述べた5つの投資戦略のランキングは全く同じでした。つまり:
- 完璧なタイミング(1位)
- 単純な定期投資(2位)
- ドルコスト平均法(3位)
- 最悪のタイミング(4位)
- 投資せず現金保有(5位)
残りの10の期間では若干のバリエーションがありましたが、それでも「単純な定期投資」は決して最下位になることはありませんでした。この戦略は4回が2位、5回が3位、そして1回だけ4位となりました。
特に注目すべきは、単純な定期投資が4位になった唯一の期間が1962年から1981年の間であり、これは株式市場が長期にわたって停滞していた珍しい期間だったということです。しかもこの期間でさえ、2位、3位、4位の戦略の間にはほとんど差がなかったのです。
さらに、シュワブは30年、40年、50年という超長期の期間についても同様の分析を行いました。ドルコスト平均法と単純な定期投資が時折順位を入れ替える場合を除けば、すべての超長期間において、結果のパターンは同じでした。
この研究結果から導き出される重要な教訓は、長期的な投資においては、投資スタイルよりも「投資しているかどうか」の方がはるかに重要であるということです。
「上のグラフは、78の異なる20年間における各投資戦略のランキング分布を示しています。「完璧なタイミング」は常に1位、「投資せず現金保有」は常に5位でした。注目すべきは「単純な定期投資」が72期間で2位、5期間で3位、わずか1期間だけ4位となっており、いかに安定した戦略であるかがわかります。「最悪のタイミング」でさえ、ほとんどの期間で4位となり、「投資せず現金保有」よりも常に優れた結果を示しています。」
まとめ:私たち日本の投資初心者への実践アドバイス
これまで見てきたシュワブの研究結果は、米国市場を対象としたものですが、その教訓は日本で投資を始めたあなたにも十分に当てはまります。株式市場の基本的な性質は国を問わず似ているからです。ここでは、これまでの知見を日本の投資環境に合わせた実践的なアドバイスとしてまとめていきましょう。
市場が下落したときの正しい対応
株価が下落すると、多くの方は不安になり、「売るべきか、買い増すべきか、それとも様子見をすべきか」と悩みます。シュワブの研究から得られた知見を踏まえると、以下のアプローチがおすすめです:
- パニック売りを避ける: 感情的な判断で投資を中断したり、保有資産を売却したりすることは避けましょう。「最悪のタイミング」で投資し続けた方でさえ、「投資せず現金保有」の方を大きく上回る結果となりました。
- むしろ買い増しを検討する: 市場の下落は、実は割安な価格で株式を購入できるチャンスです。長期的な視点を持っているあなたにとって、下落局面は投資を増やす良い機会かもしれません。ただし、無理のない範囲で行うことが重要です。
- 長期的視点を保つ: 日々の市場変動に一喜一憂するのではなく、5年、10年、20年といった長期的な時間軸で考えましょう。短期的な市場変動は、長期的なトレンドからすればノイズに過ぎません。
実際、日経平均株価もS&P500と同様に、長期的には上昇トレンドを示しています。短期的な下落はあっても、長期的には経済成長とともに株価は上昇する傾向があるのです。
ドルコスト平均法の活用方法
ドルコスト平均法は、投資金額を分散させることでリスクを軽減する手法です。日本では新NISA(少額投資非課税制度)を活用した積立投資が、このドルコスト平均法の実践に最適です。
- 新NISAの活用: 新NISAでは、年間最大360万円(成長投資枠120万円、つみたて投資枠240万円)の投資が非課税となります。特につみたて投資枠は長期・積立・分散投資に最適化されており、ドルコスト平均法の実践にぴったりです。
- 自動積立の設定: 毎月決まった日に自動的に投資信託を購入する設定をしておくことで、タイミングを考える必要がなくなります。自動化によって、感情的な判断を排除できるメリットもあります。
- 心理的メリット: ドルコスト平均法の最大のメリットの一つは、市場が下落した時に投資を続けることの心理的ハードルを下げることです。「安いときにたくさん買い、高いときには少なめに買う」という効果があるため、下落相場でも冷静に投資を継続できます。
シュワブの研究でも示されたように、ドルコスト平均法は「完璧なタイミング」の戦略と比較しても、大きく見劣りしない結果をもたらします。そして、この戦略はあなたにも今すぐ実行可能なのです。
投資計画を守るための心構え
成功する投資生活を送るために最も重要なのは、感情に左右されず計画を守ることです。
- 短期的な市場変動に一喜一憂しない: 日々のニュースやマーケットの動きに過度に反応せず、自分の投資計画に忠実であることが重要です。「今日株価が下がった」「明日は上がるかもしれない」といった短期的な変動に焦点を当てるのではなく、長期的な目標に焦点を当てましょう。
- 投資目標と時間軸の再確認: あなたがなぜ投資をしているのか、その目的と時間軸を定期的に確認しましょう。老後資金なのか、子供の教育資金なのか、目標によって適切な戦略は異なります。長期的な目標であれば、短期的な市場の変動に過度に反応する必要はありません。
- 情報の取捨選択: 投資に関する情報は溢れていますが、すべてが価値あるものではありません。短期的な市場予測や「今買うべき銘柄」といった情報よりも、資産配分やリスク管理といった長期的な成功に繋がる情報に焦点を当てましょう。
- 定期的な見直しを行う: 投資計画は定期的に見直すべきですが、それは市場のタイミングを図るためではなく、自分の人生の変化(結婚、出産、転職など)に合わせて調整するためです。例えば、年齢が上がるにつれてリスク許容度が下がるため、株式と債券の割合を調整するといった変更は合理的です。
シュワブの研究が示すように、市場のタイミングを完璧に予測することは、専門家でも困難です。したがって、あなたは市場のタイミングを図ることよりも、長期的な投資計画を立て、それを守ることに集中するのが最も賢明な選択なのです。
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